宿題を前にして鉛筆を止めた子どもから、ふいに投げかけられる言葉があります。
「ねえ、なんで勉強しなきゃいけないの?」
「大人になって、こんな算数使わないじゃん」。
その純粋でまっすぐな疑問に、大人はときどき言葉を詰まらせます。
とっさに「いい学校に行くためだよ」「大人になって困るからだよ」と答えてみるものの、子どもの顔はどこか納得していません。
答えた親の側も、「自分は本当にそう思って勉強してきただろうか」と少し後ろめたい気持ちが残ります。
将来の不安を担保にした説明は、大人の頭では筋が通っているように見えても、子どもの心にはなかなか響きません。
では、私たちはこの問いにどう向き合えばいいのでしょうか。
なぜ「将来のため」は子どもに届かないのか
大人がよく使う「大人になって困るから」「将来の選択肢を広げるため」という理由は、嘘ではありません。
社会に出た大人だからこそ実感する、切実な真実です。
けれど、小学生や幼児にとって、「10年後や20年後の自分」は想像もつかない遠い異世界の話です。
明日遊ぶこと、目の前のブロック、夕飯のおかずで頭がいっぱいの時期に、「遠い未来のリスク」を語られても、現実感が湧かないのはある意味で当たり前です。
心理学における期待価値理論(Eccles & Wigfield, 2002)でも、人が何かに向かうエネルギーは、「自分にできそうだという見通し」と「その活動そのものに感じる価値」の組み合わせで生まれるとされています。
遠い未来の義務感だけで走らせようとすると、勉強は「誰かに課された退屈なノルマ」になりやすくなります。
「自分の暮らし」と繋がったときに芽生えるもの
教育心理学者のフルマン(Chris Hulleman)とハラキヴィッツ(Judith Harackiewicz)が行った有名な実験があります(2009年、Science)。
高校の理科の授業で、生徒たちに「今学んでいる内容が、自分自身の生活や身の回りのこととどうつながっているか」を短い文章で書かせる活動を行いました。
その結果、自分から学ぶ意味やつながりを見出した生徒たち、特に「自分は理科が苦手だ」と自信を失っていた生徒たちの興味が大きく高まり、学期の成績まで大幅に向上したのです。
ここから分かるのは、大切なのは「将来役に立つから我慢してやれ」と押し付けることではなく、「今の自分の世界とどうつながっているか」に気づくことだという事実です。
ただし、この研究は特定の課題や授業環境で検証されたものであり、すべての単元が子どもの日常に即座に直結するわけではありません。
勉強は「世界の解像度を上げるメガネ」
勉強する理由を子どもに手渡すとき、いちばんわかりやすいのは「世界が面白く見えるメガネ」のたとえです。
ひらがなや漢字が読めると、散歩しているだけで街の看板の意味が分かります。
算数の割り算や割合が分かると、お菓子の分け前やゲームのダメージ計算が自分でできます。
理科を知っていると、なぜ夕焼けが赤いのか、どうして氷が水に浮くのかという理由に気づけます。
勉強をしていなくても生きていくことはできます。
けれど、知っていることが増えると、昨日までただ通り過ぎていた日常が、急に鮮やかで面白い景色に変わります。
勉強とは、テストで誰かに勝つための道具ではなく、「自分の力で世界を面白がり、自分で選べる自由を増やすためのメガネ」を手に入れることなのだと思います。
家庭で持ちたい見方
- 「大人になって困る」ではなく、親自身が「知って面白かった・助かった経験」を等身大で話す
- 子どもの今の関心(ゲーム、工作、電車、料理)と、学校の勉強をつなげてみる
- 大人が立派な正解を一つに絞らず、「なんでだと思う?」と一緒に考えてみる
- 「正解を覚えること」より「分からないことを調べる楽しさ」を暮らしの中で見せる
「なんで勉強するの?」と聞かれたときは、無理に完璧な名答を返す必要はありません。
「いい質問だね。お父さん(お母さん)も子どもの頃不思議だったよ」と、まずその問い自体を受け止めるだけで十分です。
PikaLab のツールを作っているのも、まさにこの想いが原点にあります。
分数は、ただテスト用紙の数字として見ると無味乾燥ですが、円グラフを回して「半分と4分の2は同じなんだ!」と指先で感じられた瞬間、それは生きた実感になります。
机の上の記号を、触って確かめられる手応えに変えること。
「知るって、ちょっと面白いかも」。
その小さな手応えの積み重ねこそが、子どもが自分で学び続けるためのいちばん確かな力になるのだと思います。
点数だけでは見えにくい賢さの土台については、「賢い子って、点数が高い子のことですか?」の記事でも整理しています。また、教科のつまずきに寄り添う視点として「算数が苦手な子への関わり方」も参考になります。
参考にした研究・資料
・Hulleman, C. S., & Harackiewicz, J. M. (2009). Promoting interest and performance in high school science classes. Science, 326(5958), 1410–1412.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/19965759/
・Eccles, J. S., & Wigfield, A. (2002). Motivational beliefs, values, and goals. Annual Review of Psychology, 53, 109–132.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/11752481/
・Ryan, R. M., & Deci, E. L. (2000). Intrinsic and Extrinsic Motivations: Classic Definitions and New Directions. Contemporary Educational Psychology, 25(1), 54–67.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/10620381/